
Tabacco kills -- "Don't be duped."
これは世界保健機関(WHO)の世界禁煙デーのスローガンです。あえて日本語にしてみますと、「タバコは人を殺す −− 騙されるな!」 誰に騙されるかって言いますと”タバコ会社”にです。
"タバコ"くらいやめたって「何さ」 大げさに騒いで・・・・なんてお思いでしょうが、でも、これはやめた本人にとっては、生涯における《最大の出来事》の一つというか、とにかく《大変なこと》なんです・・・・・・・・・・
WHOの試算によれば、タバコが直接、間接の原因となって日本国内で1年に95,000人(1955年)が余計に死亡しているそうです。
それでも”やめられない”のは、タバコが二重に依存症を形成しているからなんです。
まず(身体的依存)。俗に(ニコチン中毒)いうように、眠気覚ましや、気分を落ち着かせるニコチンの作用を体が求めている状態です。
もう一つが「心理的、行動的依存」。「タバコを吸わないと仕事がはかどらない」とデスクやパソコンの前で先ず一服したり、食後の一服のように、喫煙が条件反射的な習慣になっており、たばこがなくなりそうになると、それは不安で仕方なくなり、何とかして買ってこようとする人々です。
二つの依存が複雑に絡まって禁煙を困難にしていることを理解せず、ただ「健康に悪いから、つらくても我慢しろ」と周囲が禁煙を強制してもまず不可能です。よく意志が弱いから・・・成功しないといわれていますが。でも、意志の問題と言うよりは、身体的に「中毒」状態になっているのですから。うまく禁煙するには、それなりの方法があるかと思います。
ほとんどの喫煙者は、たばこは本人にはもちろん、周囲の健康に良くないことは十分認識しています。それでもやめられないのは禁煙の辛さが我慢できないからです。
私は去る3月29日にタバコをやめました。まったく新しい世界が開けています。断煙をしてから、今日現在でもう5回も夢を見ています。多くの方々から、「どうして禁煙したの?」と尋ねられます。理由について話せば、きっと2時間くらい掛かるでしょう。半端な気持ちでは出来ません。とてもとても辛い辛い、悲しい日々の連続でした。「もちろん、今でも吸いたくなりますよ。でも、じっと我慢しているんです。
「もう一本だけ。もう一本我慢しよう!」と自分自身に言い聞かせてとうとう今日まで過ごしてきました。「冷たい水や熱いお茶を飲む」とか「ペン先やボールペンの先で手のひらなどを押して痛みで気を紛らわせる」等々言われているようですが・・・・・・・・果たしてどうでしょうか。私はそんなことはまったくしませんでした。 私は何も長生きをしたくて断煙したのではありません。「明日のことは誰もわかりません」 今更”タバコ”をやめたところで神様にお任せしている私の寿命にはいささかも変わりはないでしょう。そんなことをするには遅すぎます。そんな健康上の理由ではありません。一言ではいえませんが、強いて言えば「自分の強さを試してみたかったこと」。それに、《 Quality of Life 》 命、与えられている限り少しでも、ほんの少しでも「美しく生きたい」と思ったから。これが本当の理由に一番近い答えです。
私はこれまで、何事においても”新しい結果”を出すためには、先ず「行動」変えなければならない。しかし行動を変えるためには、先ず「意識」を変えねばならない。「意識」を変えない限り新しい行動を生み出すことはできないと固く信じてきました。でも、問題は、意識を変えることが出来なかったのです。
今回の断煙にあたって、私は先ず「行動」を変えたのです。とにかくしゃにむに「新しい行動」から入ったのです。そしたら「新しい結果」が生まれました。「考え方」や「意識」を変えるのは比較的に簡単だと思われますが、どうしてどうして大変難しい、本当に至難のことでした。理屈じゃなく、行動を変えてみるのも変化を求める際にはとても有効な手だてではないでしょうか。