消えていく曖昧さ [97/3/31]
大江健三郎さんが三年前に「あいまいな日本」と題しておこなったノーベル文学賞受賞記念講演は鋭く時代を突いたものとして多くの人々の共感を呼び、今なお私たちの記憶に残っている。考えてみると、「あいまいさ」は暮らしの随所に姿を現し私たちの思考や行動に大きな影響を与えている。仕事の世界における「あいまいさ」の代表的な例といえば、いつたん就職すれば定年まで雇用が保証されるという労使に暗黙の了解のあった終身雇用制度であろう。この社会の中核的なシステムが今、がらがらと音を立てて崩れ始めている。
もともと「まあまあ」とか「ほどほど」といった感覚的な分野にある「あいまいさ」は、数値でとらえることが非常に難しいこともあってコンピュータ処理にはあまり馴染まない分野の一つとされてきた。しかし近年の目覚しい技術革新は、コンピュータを人間の思考や感覚に限りなく近づけ、「ファジー」な分野での活動範囲を急速に拡大させ始めたといえよう。
コンピュータがこうして人間サイドに近づいてきた今日、逆に暮らしの中から「あいまいさ」が少しずつ姿を消していくような気がしてならない。
人が気持ちよく暮らしていくためにはきちんとした基準やルールが必要である。だからといってその尺度が右か左か、黒か白かという二者択一的尺度であったならば、私たちの暮らしは猛烈に息苦しいものになるだろうし、人間関係だってさぞかしぎすぎすした不愉快なものになってしまうだろう。コンピュータにとってすら難しい「あいまいさ」なるものが、せわしく日々をおくる私たちに、言葉で表しがたい「ゆとり」というか「安らぎ」を与えているのではないだろうか。